自分の望む未来
『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』感想文

長尾 政毅(10代 大学生)

 
『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』
 
 私がこの本の中で印象に残っているところは、第6章の中の「吃る力」についての部分でした。中でも、「考える力」というものについては、自分自身の体験からとても実感していることでした。(P.118〜)
 
 私が、自分が吃音であることを自覚してから、いままで生きてきた人生の中で、吃音の悩みは尽きるということはありませんでした。
 吃音の症状が軽い時期や重い時期、年齢や環境に関係なく、程度に差はあるけれど、吃音に対する悩みが完全になくなるということはなかったです。
 吃音で悩むたび、私は繰り返し、繰り返し自分の吃音について考え続けてきました。たとえどんなに理不尽だと叫んでも、無理矢理にでも納得していかなければ、自分への、そして周りへの苛立ちに押し潰されそうな気がしていたからです。
 しかし、いくら考えても、自身を納得させる答えが見つからないこともたびたびありました。
 
 けれど、自分の吃音について考え続けるうちに、私は自分自身や自身をとりまく様々な物事について、深く考えるということが少しずつできるようになっていきました。
 
 自分に吃音があったからこそ、自分自身と向き合い、自分というものについて「考える力」がついたのだと、私は実感しています。
 
 そして、この「考える力」のおかげで、私は自分の望む未来をイメージするヒントをつかむことができました。
 吃音は私に、自分の本当にやりたいことは何なのか、自分にとっての幸福とはいったい何なのか、ということを深く考えるチャンスを与えてくれたのです。
 
 これから進路を決めようとしている吃音の学生の人達や、就職を考えている人達が、この本を読んで勇気付けられるだけでなく、自分が本当に望む未来について考える機会になればいいと思います。
 
OSP機関紙『新生』2005年05月号掲載