手に汗にぎる舞台

竹内公開レッスン2005報告

2005.03.13(日) 西田 逸夫  

 いやあ、素晴らしかったです。何と言っても最後の場面。伊藤伸二さんの迫真の演技! すっかり引き込まれてしまいました。
 今、私は竹内公開レッスンから戻ったばかり。観劇の興奮さめやらぬままに、これを書いています。感動しました!

 と、こんな感じで書き連ねて行くのは楽しいですけれど、当日のレッスンに参加しなかった読者の方には、迷惑千万な画面になってしまうでしょう。
 はやる気持ちをおさえて、先ずは應典院(おうてんいん)での竹内レッスンと、年に一度の公開レッスンにつき、説明しておきます。

 竹内レッスンとは、演出家、竹内 敏晴(たけうち としはる)さんによる「からだとことばのレッスン」です。いきいきとした声、人に伝わることばを発する「からだ」を目指すレッスンで、芸術の分野にとどまらず、普通の人たちが、人とのコミュニケーションや人間関係全般を開いて行く場になっています。

 大阪での定例レッスンは、日本吃音臨床研究会の主催で、1999年3月から始まりました。現在も毎月2回、原則として毎月第2土曜日と翌日の日曜日に、大阪天王寺区の 應典院 で開かれています。そして毎年3月に「公開レッスン」があります。これは、定例レッスン参加者の一年間の成果を発表し、竹内レッスンの真髄の一部を紹介する場です。

 私のような者、大阪吃音教室の常連のうち、定例レッスンには参加していない者にとって、竹内レッスンの一端に触れることも出来、吃音教室の仲間たちの舞台姿を冷やかすことも出来る、楽しみな機会なのです。


 但し、今年の公開レッスンは、例年とはずいぶん様子が違っていました。
 公開レッスンで、本格的な芝居を演ずるのです。12人の怒れる男です。ルメット監督、ヘンリーフォンダ主演で有名な映画になった裁判劇、それも陪審員たちの討論だけで進む、難しい室内劇をやると言うのです。

 今になって明かすと、今日の出演者のうち吃音教室の仲間(の何人か)は、一週間前まで素人目にも準備不足でした。練習する姿をかいま見ても、「さま」になってはいませんでした。正直言って、今日の私は、仲間たちの演技を心配しつつ会場に向かいました。


 公開レッスンの会場に着くと、都会の「まゆ」の中のような應典院ホールには、70人近い参加者が詰めかけていました。小さな子どもたち連れで来られる方もいて、なごやかで気さくで、これから始まるレッスンと舞台を、心待ちする雰囲気で満ちています。

 竹内さんが登場し、第1部の「からだとことばの基本的レッスン」が始まりました。みんなで歌う「春が来た」。
 「は」「る」という音のこと。「はる」ということばの意味と発声のこと。毎回、竹内さんの話の時間は、教わること、気付くことの多い時間になります。でも今回、ここは割愛して先に進みます。

 第2部は、詩の朗読から始まりました。
 暗転した舞台で、スポットライトに照らされた女性2人が、時には語るように、時には叫ぶようにことばを投げかけます。空気が一気に張りつめ、会場は「演劇空間」に様変わりしました。


 そしていよいよ、今日の舞台の始まりです。竹内さんの脚色で、タイトルは『陪審員たち』。原作と違って登場人物は男女6名ずつ。大阪弁、東京弁、広島弁の話し手の入り交じる舞台でした。

 劇の冒頭、12人の陪審員のうち11人までが「有罪」を主張し、被告人の青年は死刑になりそうな雲行きです。そして吃音教室の仲間たちが舞台で演ずるのを観ているこちらも、心配で心配で、はらはらドキドキです。

 8番陪審員の粘り強い説得、相互に交わされる熱のこもった話合いで、「無罪」の意見が陪審員の間で広がって行くのですが、陪審員の何人かは頑固に「有罪」を主張し続けます。堂々たるせりふ回し、熱心な演技で、仲間たちは演技の難所を次々とこなして行くのですが、最後の最後に一番難しい場面があると聞かされている私は、それが気になって仕方ありません。

 劇も終盤に差しかかり、3番陪審員が強力な抵抗を始めます。意志の弱そうな一人の陪審員が、再び「有罪」側に戻ったりして、被告の前途に陰りが見えて来ます。途中ふらつきながらも、何とか無事に演じて来た仲間たちの動きと口調が、ここに来て何だか変です。不自然な間合い。お互いの目くばせ。誰かがどこかの台詞をとちってしまったようです。座布団に座っていながら、地に足のつかぬような心持ちになる私。
 果して大丈夫なのか?


 陪審員の議論は更に進み、遂に11人までが「無罪」の意見で一致し、3番陪審員だけが「有罪」の意見のまま取り残されます。そのように劇は進み、いよいよ最後、伊藤さんによる3番陪審員の長ぜりふ。手に汗握る場面です。
 水を打ったように静まる会場。何も知らぬまま親に連れて来られた子どもたちも、このときにはもうすっかり、声も立てずに舞台に見入っています。

 そして結果は、……まさに大きなどんでん返しでした。
 舞台の真価を決する場面、3番陪審員の真情の吐露と改心が見事に演じられ、感動と安堵の空気が流れる会場。息づまる思いの、2時間の観劇が報われたのです。劇中の陪審員たちも、被告の青年が死刑を免れると決まり、安堵の表情で陪審員室を後にします。長い間激論を闘わせた甲斐があったのです。

 劇が終わってライトが落ちても、しばらくの間、会場の誰も声を上げず、劇の余韻にひたっていました。ふと我に返ったとき、私は座布団の両側のへりをつかんだまま、固まっていたのでした。

 やっと誰かが拍手すると、待っていたかのようにあかりが灯り、雰囲気がほぐれます。割れんばかりの拍手と歓声に迎えられて、一人また一人と、劇を終えた今日の出演者が再登場。舞台にも会場にも、笑顔がいっぱいあふれました。
 いやあ良かった。舞台って、ほんとに素晴らしい。


 竹内さん、竹内レッスンの参加者の皆さん、感動の舞台を有難うございました。そして1年間お疲れさまでした。また来年を、楽しみにしています。

 このサイトを訪問された皆さん。来年のこの時期、こんな素敵な空間を、ご一緒に過ごしませんか?

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