第10回吃音ショートコース報告・PART 4&5

前半部

2日目《講義と実習》
〈PART 4〉13:00〜17:30 &〈PART 5〉19:30〜21:30

テーマ:自分を生きる 運命を生きる
講師:諸富 祥彦(もろとみ あきひこ)さん

朝靄に覆われ墨絵のような山

 諸富さんは講義と実習を、ユニークな形で進めました。20〜30分、諸富さんが一区切りの話をすると、参加者は近くに座る人とペアを組み、諸富さんの話を聞いて感じたこと、考えたことを分かち合うという形です。
 諸富さんの話には、難しい内容、深い内容、日常感覚では受容れ難いような内容が随所に出て来ました。そんな内容も、一区切りずつ前後左右の人と話し合うことで、参加者各自が自分なりに消化することが出来たと思います。

 私は今年で2度目のショートコース参加だったので、諸富さんの話を聞きながら、頭の片隅でずっと、前回(2003年)参加したD.K.レイノルズさんの講義の進め方と比べていました。レイノルズさんも諸富さんも、ある意味とても内気な、と言うより対人恐怖のある方です。その気持に打ち勝って自分の考えを聴衆に伝えるのに、お二人が選んだのは対照的な手法でした。
 レイノルズさんの手法は、プロの教育者の模範的なやり方でした。きちんと用意された講義ノート、聴衆の興味を惹くように綿密に練られた講義内容、等など。時折少しはにかみ気味にジョークを繰り出す様子が、上質のユーモアを醸し出す、そんな名講義でした。

 一方、諸富さんのやり方は破天荒なものです。
 ちょっとアブナイ風変わりなキャラクターを自分で演出し、教壇で演じます。聴衆は最初、講師との距離感をつかみがたく、落ち着かない気にさせられます。それでも巧みな語り口に、いつの間にか乗せられ、諸富さんの「演技」に魅入ってしまいます。
 とは言うものの本来は内気な人ですから、時々は休憩しないと、このキャラクターのままで長時間は持ちません。諸富さんはそこで、話す時間を意識して短めにし、頻繁に休みを取ることにしたようです。その間に聴衆は、演劇の幕間に近くの席の観客同士が感想を述べ合うように、講義から得た気づきや考察を分かち合うわけです。
 こうして諸富さんは、自分も楽であり、聴衆を退屈させず、しかも話の内容を確実に伝えることが出来る、独特の手法を実践されていると思いました。


諸富講義 §1
「心のスペースを作る」概説


 そんな独特で、シュールな進め方ながら、諸富さんの講義の内容は、聴衆を深い思考に誘うものでした。
 「僕はあるときから、講義の準備をなあんにもしなくなったの。今日も行き当たりばったりで進めるからよろしくー」という「前振り」で講義は始まりました。それが実は、分かりやすい内容でありながら、この日の講義の核となる、周到に準備された話なのでした。
はじめに 合言葉は「スペース」
 諸富さんは以前、イギリスの著名な女性カウンセラーを訪れ、カウンセリングのエッセンスは何かと尋ねたそうです。
 彼女から返って来た一言は、「スペース」。カウンセラーの立場で言えば、相手のための十分な居場所を、自分の中に作っておくこと。
 確かにカウンセラーなら、クライアント(来談者)が、その人のそばにいればホッとする、そんな雰囲気をいつも持っていることが大事でしょう。
 そしてこれは、カウンセラー以外の人にとっても大事なことです。忙しさにかまけていると(諸富流に言えば、「忙しウイルスに取り付かれている」と)、自分も周囲もおかしくなってしまいます。
 仕事をこなしながらも、「トロンとしたところ」「少し脱力した感じ」「ちょっとヒマそうな感じ」を常にただよわせているのが、自分にとっても周囲の人たちにとっても大事なのです。
1. 常に「心のスペース」を
 人は、「言ってはいけない一言」を、つい言ってしまうことがあります。そんな時は自分が被害者だと思って、見境いがつかなくなっています。こうした事態を避けるには、どんな感情が出て来てもまずは認め、自分の心に少し余裕が出て来てから人と対応するのがコツです。
 自分の「心のスペース」を常にキープすること。これが人にもスペースを与えることになります。
 イギリスのカウンセラーの話にあったように、「心のスペース」を常に保つことは、カウンセリングの基本的な構えです。そしてこれは、自分自身とつき合うときの基本的な構えでもあります。
 目の前の問題に対して解決をあせると、自分の自然治癒力が滞ってしまい、出来ることも出来なくなります。問題はすぐには解決しない、むしろ時間を掛けて問題に当ろうと思うことが、問題と向き合うコツなのです。
2. 「良くなる」とはどんなことかを考え直す
 カウンセリングでは、開始するに当って「治療目標の設定」ということをします。このときに不可能な目標設定をしたのでは、状況は決して改善しません。
 このことは、カウンセリングの場に限りません。自分の抱える悩みや症状をなくすことが出来なくても、それに自分が振り回されることは、なくすことが出来ます。
 人生の目的は幸福になることです。もし、悩みを持ちつつ幸せになれるなら、それでも良いはずです。「最悪の状況よりは良くなる」ことを、自分の目標としましょう。
3. そもそも「悩み」はなくならない
 悩みは実は、生きていることの条件です。
 以前、臨床心理学者のユングと日本の宗教家が対談したことがあります。そこで浮き彫りになったことは、カウンセリングが一つひとつの「悩み」からの解放を目指すのに対し、宗教が「悩む」ということからの解脱を目指しているということでした。これを更に考えると、本当のカウンセリングとは、悩みから解放されないことを目指すものだと言えます。
 悩みや症状がなくなる、治るということをあきらめ、悩みが悩みでなくなる境地が、目指すべきものです。
4. 「なぜ」と考えるのをやめる
 次に大事なのは、原因探しをやめることです。

すっかり晴れ上がった昼の草原

 原因を考え始めると、必ず他人か過去かに行き着きます。しかし、他人と過去は変えられません。原因を考えようとする限り、因果の鎖から解き放たれることはありません。
5. 「前向きに考える」のもやめる
 よくある「ポジティブ・シンキング」ほど、人を落ち込ませるものはありません。長続きしないのです。
 「前向きに」ということを含め、自分に何か言い聞かせるのをやめましょう。

 以上、1から5が、悩みや問題を前にして「心のスペース」を保つための基本的態度です。


諸富講義 §2
「心の整理法」概説


 諸富さんが講義で話された幾つかの要点のうち、ここでは次に「心の整理法」を紹介します。
 これは、たくさんの気懸かりにとらわれて、がんじがらめに心がしばられている時に、心の余裕を取り戻す技法です。

△ステップ1:気懸かりを指折り数える
 先ず、リラックスし、目を閉じるかぼんやり前を見て、今気懸かりになっていることを数え上げます。指を折りながら。
 この時には、一つひとつの気懸かりについて、「こんな気懸かりがそこにあるね」と、そのまま観察します。気懸かりなことについて深く考えたり、原因に思いを巡らせたりしないのがコツです。こうして、気懸かりになっていることを全部数え上げます。
△ステップ2:「心の部屋」を図に描く
 今数え上げた気懸かりと自分との関係を図化します。
(1) 四角の枠を描きます。これが自分の「心の部屋」です。
(2) 枠の中心に自分を表わす小円を描き、「私」と書き込みます。
(3) 先ほど数え上げた気懸かりを、枠内に描き込みます。
 一つひとつの気懸かりに適当な記号をつけ、心の中で占めている大きさ、形、「私」との距離や位置関係を図化して行きます。この時、一生懸命にはしないこと、せっせせっせとはしないことがコツです。(それでは「作業」になってしまいます。)ゆっくりと、味わいながら図を描いて行きます。

報告者自身が描いた「心の部屋」の図

 当日、私が描いた「心の部屋」を例に挙げます。これは隣席のTさんにも見てもらった図です。当日、この図のA〜Hには、一言で表わす言葉を書きました。残り3つには、私にしか分からないように、X〜Zの記号を付けました。
 私はいつも、気懸かりなことが自分の心を占領しているように感じているのですが、こうして「心の部屋」を図にすると、すべての視野が気懸かりに覆われているのでもなく、自分が動き回るスペースも結構残っていることが分かります。
 また、Tさんも私も、気懸かりを数えるときも図を描くときも、吃音のことが全く念頭に浮かばず、そのことが印象に残りました。

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