日本吃音臨床研究会 伊藤伸二さんによる
  吃音と向き合う・語りあう
    東京ワークショップ No.2

            2005年2月19日〜20日

報告・中田智子


<伊藤さんが話されたことを中心にまとめました>

19日午後 セッションT
●伊藤さんからの最初のメッセージ
ワークショップのまえに大事にしていること、効果的なコミュニケーションのうえで大事な5つの要素を伝えたい
(1) 自己概念(明確でマイナスでない自己概念をもつこと、絶えず自分の意見を点検・確認すること)
(2) 傾聴(人の話をしっかり聞く、間をとることに上手になる)
(3) 感情の適切な処理(感情を言語化していく)
(4) アサーション(攻撃的でない表現)
(5) 自己開示(自分を語ること)

●まず一人一人の「吃音で悩んでいること、知りたいこと」などを取り上げていこう。
参加した人からだされた思いは…(その一部)
*教師をやっている。吃れない場面で吃らないようにするには?
*販売の仕事で悩んでいる。販売の仕事をする人は吃ってはいけないのでは。
*いえない言葉があったときに自分の気持ちとどう向き合うか。
*喋れない=難発状態のとき皆はどうしているのか?
*吃音は治る、治らない、いろんな情報があるが、何が本当かどうなのか?
*注文ができなくて喫茶店に入りづらい時がある。
*小さい子供がいるが子供にコトバを教えることができるかどうか心配している
*仕事で説明が必要なことをメールやFAXですることに罪悪感をもっている
*吃音のことで本当はやらなければならないことを避けている・・
*予期不安の対処方法について知りたい。
*実体験として加齢とともに吃音が何もしなくても突然軽くなったが。
*緊張すると吃りがひどくなる。

19日夜 セッションU
●いくつかのキーワードを一緒に考えてみよう。吃る人の「悩み」っていったい何だろうね?
参加者:
*少数派であること
*理解されない
*伝えたいことを伝えられない などなど・・

伊藤: ことばには大きく分けて3つの種類がある。
(1) 社会が要請する情報伝達のことば 
(2) わたしを語ることば 
(3) サロン的言語 わたしを語ることばをもっと大切にしていかないと、情報伝達のことばにも向っていけない。「わたしを語ることば」をもっと大切にしていくことが、少数派である自分たちの役割ではないだろうか。
伊藤:
「理解されない」ということについて
理解されるために何をしているか? 何が必要だろうか? まず、ひとりひとりが吃っている姿を見ていくことが、吃る人たちが生活しやすい社会になっていくのではないだろうか。

夜の飲み会 9時〜1時
セミナールームで深夜1時まで飲みながらわいわい吃音談義に花が咲いていました。

20日朝 セッションV 前半部分
◆みなさんとは一期一会という感じもあり、だからこそ基本的なことをぜひお伝えしたい
伊藤:
吃りのことで伝えたいことは、吃りを治すことよりも、「ま、これでいっか〜」ということ。
今も吃音の状態に波があって重いときも軽いときもあるが、何の問題もない。
正生学院での体験から、吃音はそう治るものではないことがわかった。自分が隠そうとしていた頃から今のように変われた理由をひとつに集約すると、「あきらめたこと」といえる。
それまでは吃りを隠すことにものすごいエネルギーを使っていた。

●ウェンデル・ジョンソンの言語関係図を紹介。
それまでは吃音治療は言語症状だけに焦点があてられていた。ジョンソンは吃りの問題は症状だけではないということを唱えた。
その人の吃音問題の大きさ=X軸(症状) ・Y軸(聞き手の反応) ・Z(本人の態度)
体積が小さいほど吃音問題は小さい。箱の体積を小さくしていこう

●シーアンの考えを紹介
吃りは氷山の一角。水面から上が言語症状で水面下にあるのが不安、恐れでそのほうがむしろ大きい問題。シーアンは吃りを治すのではなくて流暢に吃る、楽に吃ることを提言した。
これは、難発の状態を連発型に戻すという考え。軽く吃れということ。でも、実際「楽に吃る」なんてそんなにできるだろうか?? 難しいのでは?

●自分としては(言語治療、楽に吃る、に対して) 第3の提案をしたい。
それは「吃り方を磨いていく」ということ
吃りながらも、時には嫌な思いがあっても喋っていくという体験を続けていくと、吃りは軽くなっていく。そして吃っている姿をだしていくことで理解が得られる。そのことで社会は変わっていく。
それを身近なところでやっていくしかない。もちろん限界はあるが。
そのとき(アドラー心理学でいう) 「他者信頼」の感覚が大切。人はきっとわかってくれると他人についてある程度信頼すること。

●自分の人生はあきらめないことが大切。
ジョンソンの言語関係図のZ軸(自分の態度) には限界がない。いくらでも努力する甲斐のあることである。「治す努力の否定」は怠け者のススメではない。治す努力はやめてもやることはいっぱいある。Z軸を伸ばしていくということは、本人が吃音以外で頑張らなければならない、本来しなければならないことをやっていくということ。

Z軸を伸ばすためにどんなことをやっている?
参加者:
・こういうワークショップに参加する
・本や映画をたくさんみる
・いろんな人に会う
・いろんな人の話を聞きいろんな悩みを知る
・自分を語る
・深く勉強する
・芸術などの表現活動をする
・人のためになることをする などなど・・

●(人のためになることをする・に関連して) 自己受容のために必要な感覚は、
(1) 他者信頼 (2) 他者貢献(自分も人の役にたっている) (3) 自己肯定 がある。

これまでの治療法の失敗は、(発声練習など) 本来したくないことをさせるから吃音へのマイナスのイメージが強化されるということ。
そうでなくて、自己成長のために誰でもがやっていることをやっていくことが大切。
その際X軸(言語症状) の変化については副産物と考え、Z軸に関する努力で充分。

●せっかくこれまで吃音で悩んできたんだから、もっとイキイキ生きるために、人生を豊かにするために何かしていこうよ! そのためにオススメなものとしてまず4つのものがある。
(1) 交流分析 (2) 論理療法 (3) アサーション (4) 内観、森田療法
臨床家はよく「ニーズ」という言葉を使う。「治したいというニーズがあるから」などなど。
でも治したいというニーズはもしかしたら仮のニーズかもしれない。新たなニーズを確認することが大切。以前ある人はニーズについて「私が本当にしたかったのは心おきなく吃ることだった」と語った。

20日朝 セッションV 後半部分
●内観について紹介します。
内観は、(1) してもらったこと (2) してあげたこと (3) 迷惑をかけたこと の3点を母親から初めて家族や大事な人について、小さい頃から順に1週間かけて思い出して調べていく方法。

「吃り内観」をやってみよう。目を閉じてもいいし開けててもいいので自分の吃りを目の前にイスがあると想像し、そこに座らせて眺めてみる・・
そして、(1) 自分の吃りからしてもらったこと (2) 自分の吃りにしてあげたこと (3) 吃りに迷惑をかけたこと について考えてみる。(実際に数分間各自やってみてでてきたことを話す。)

●吃音は言語障害ということになっているが、吃音への関わりは「言語治療」ではない。
吃音に取り組むことから見えてくるものは、「思想」であり「哲学」である。
それを深めていってもらえばいいと思う。
日常生活の中で、吃りながら喋っていくということはそう簡単なことではないが、「挑戦者」として切り開いていかなければならない。吃音以外にもつらいことはいろいろある。
「自分はこれは一生懸命やっている」というものをみつけられたらいい。

●論理療法について紹介。
論理療法の創始者アルバート・エリスは、
A:出来事 B:考え方・受けとめ方 C:結果・悩み として、Aの出来事が必ずしもCの悩みに直結するものではない、その間にあるBの考え方が関係すると考えた。
非論理的な思考がCの悩みを生むと考えた。
非論理的思考とは、
(1) 不当な過度な一般化(1度の失敗でいつも失敗すると思い込む)
(2) 過剰な反応(恐ろしい、大変だ、むごい)
(3) ねばならない、べきである(と考える)

●最後に僕の好きなゲシュタルトセラピーの創始者、フィリッツ・パールズが提唱したゲシュタルトセラピーの原則を紹介して終わります。
(1) 人間は知らず知らず自分にとって理にかなった行動をとっている
(2) 人が変わるのは、そのままでいいと受けとめるところから変化する

東京ワークショップ No.2報告・おわり

◎ワークショップNo.1 では、「吃音を隠したい」「吃ると恥ずかしい」というキーワードを中心にその感情の背景にあるものについて話し合いました。


・東京ワークショップ No.2 要項(このような会でした)

〔日 時〕2005年2月19日()14:00〜2月20日()12:00
〔会 場〕川崎グランドホテルセミナールーム
〔講 師〕伊藤伸二(日本吃音臨床研究会会長)
〔参加費〕18,000円(研修費・宿泊費・夕朝食込み)
〔定 員〕18名

ワークショップ事務局:TSねっと(Tokyo Stuttering Network)
 中田智子(なかだともこ)
 〒185-0024 東京都国分寺市泉町3-29-7-203 FAX:042-324-9024
 メールの宛先は、こちら です。

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