報告:松本 進(豊中 小学校教員)
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2000吃音ショートコースの
メインゲスト 村瀬 旻さん
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特別ゲストの羽仁 進さん
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このショートコースは全国の吃音者と、ことばを扱う教育、医療関係者が年に一度集まる学習会であるが、お祭りのようでもある。今回の参加者は60数名で、吃音者は2/3、先生達は1/3といったところだ。南は沖縄から来たオートバイ好きの青年、北は北海道、稚内からの団塊世代のお母さんまで様々だ。また、お子さんがどもりで、夏のサマーキャンプには参加が間に合わなかったという福井のお母さんもいる。
今回は初参加という人が多かった。その多くは一人で参加を決意し、行動に移した勇気ある人たちであり、それだけに期待が大きく、参加意欲も高い。
●1日目
出会いの広場でスタート。木全清友さん(滋賀・小学校教員)の進行でいろんなゲームが次々に行われる。気が付くと、みんな夢中になってやっている。あとでメイン講師の村瀬旻さん(慶應大教授)が、「木全さんが素晴らしいゲームをやって、私は帰りたいほどだ」と冗談を言っておられたが、本当にノリノリで、子どものように楽しんだ。
吃音臨床講座…夜…
ここで参加者は二つに分かれた。「臨床家のための吃音臨床講座(サブタイトル:吃音児の指導に大切なもの)」と、私も参加した「成人吃音者のための吃音臨床講座(サブタイトル:どもりについてみんなで語ろう)」。
「成人吃音者のための…」では、まず、一人2分程度の全員の自己紹介を兼ねたスピーチから始まった。ここでは実に様々な体験が語られ、興味深い人生ドラマがかいま見える。「電話で会社名が出ない。上司から『会社名を言ったあと自分の名前を言うように』と言われ、パニクッて2週間休んだ。電話のうまい後輩を見ていると落ち込んでしまう」(Gさん、女性)。「人前で上手にしゃべればしゃべるほど、かえってプレッシャーが大きくなってくる。それにつぶされそうな気がする」(Nさん)。「しゃべらなくてもよい世界へ行けるのではないか、と、『農村花嫁』に応募して北海道へ渡った。そこでは准看護婦やホテルの客室係などして今も働いている」(Oさん)。この、見るからにバイタリティーあふれるOさんは、初め一泊二日の予定でショートコースに参加したが、あまりの楽しさに去り難くなって結局3日間いた。「職場の人に対する好き嫌いが激しくて、今は四つ目の職場。最近は少し楽になってきた。それは、内観療法に行ったこと、妻に吃を公表したこと、伊藤さんの本を読んだこと、から」(Mさん)。「高校時代3年間、クラスメイトと一言もことばを交わさなかった。今は、会話の途中で自分の言いたかったことが分からなくなってしまうことがある」(Kさん)。「組合の役員を引き受けるなど積極的に生きてきたが、それでもいろんな場面を避けてきた。今はそのことを懺悔したい気持ちだ」(Aさん)。「子どものころことばの教室へ通ったが、発声練習と呼吸法だけだった。私が卒業したすぐあとに、悩みを聞いてくれるとてもいい先生に替わったらしくて、残念」(Nさん)。今回はいつもより女性の参加者が多い。その女性たちが自分の体験をうまくまとめて語ってくれた。みんな表現力が豊かで、魅力的であった。
その日のプログラムが終わった夜10時、ここからは、あちこちで缶ビール片手にどもり談義が始まる。実は、この夜の自由時間が一番印象に残っている、という人が多い。何十年も積み重なったどもりの話を、だれに気兼ねする必要もなく思う存分自由に語りあえる。ありのままのどもりの自分をさらけ出せる時間は、まさに「お祭り」である。
●2日目
発表の広場
これは希望者が事前に申し込んで、体験などを発表するコーナーである。
一人目は大場康宏さん(広島)。
「にんげんゆうゆう」を見て感激したという人だ。就職活動中のあるサービス業の会社説明会で「あなたの仕事は、たった一人でいいから、あなたに会えてよかった、と思って下さるお客様を作ることです。」ということばに感激して、入社する。喫茶店のウェイターをしていたが、客へのあいさつや注文を厨房へ通すのが言いにくい。それでも苦労して続けていると、あるとき常連の客の一人に、「あなたを見ていると、今日も一日がんばろうと思うんですよ。」と言われ、それが支えになり、自分の接客に少し自信がついたという。それまでは、どもりだからあれもこれもできないと思っていたけれど、どもりだからこそできることがあるし、そんなことを考えずにやりたいことをやればいい、と考えられるようになったという。この話がさもありなん、と思わせるバイタリティーとユーモアいっぱいの発表だった。
二人目は結城敬さん(長野)
結城さんは、あまりしゃべらなくていいだろうと考えて、外科医の仕事を選んだ人である。昨年のショートコースに初参加し、そのときどもる参加者の様子を見て、「どもってもいいや」と180゜変わったという。これまで学会発表や講演、シンポジウムの座長など、ことごとく逃げ回ってきたが、今は、自分のところに来た話はとりあえず引き受けようとしている。そうすると、どんどん世界が広がったという。今回は奥さん同伴であった。昨年のショートコースの感動を何とか奥さんにも伝えようとしたがうまく伝わらなかったという。
結城さんの発表のあと、結城夫人と同室だった進行係の安藤百枝さん(東京)の要請で、夫人がスピーチに立った。「去年感動して帰ってきた夫は、ショートコースの様子を私にさかんに語りかけるのだが、よくわからなくて私は冷ややかに見ていた。それまで夫のどもりは知らなくて、変な人だなと思っていた。去年から夫は前を向いた気がする。今は何でも引き受けている。今一番うれしいのは、私の友達に話しかけるようになってくれたことだ。」と言って涙ぐまれた。
三番目は板倉寿明さん(岐阜聾学校教員)の吃音児の研究発表。
吃音児と非吃音児にアンケート調査を行って比較した。その結果、5、6年生の特に男子のどもりの子が、どもらない子に比べて自己有能感が低い、逆に3、4年のどもりの子は、どもらない子に比べて、対人不安傾向、人の目を意識する傾向が低い、というとても興味深い発表だった。
四番目は、最近、吃音教室やサマーキャンプなど我々の活動をビデオに記録し続けている関口耕一郎さん(東京)の発表。
本屋で偶然伊藤さんの「新吃音者宣言」の本を手にとって以来、興味を持ったという関口さんは、我々以上にトツトツと、一言一言ことばの意味を確かめるように、かみしめるように語ってくれた。「私がこのグループの人たちに感じるのは、どもりを越えて人とつながろうという気持ちが強い、そのことをいとわない、その気持ちに、心を打たれる。」(ショートコースの期間中、一番私の心に残っているスピーチは、実はこの関口さんのスピーチなのです。)
最後の発表は、吃音児のサマーキャンプの報告である。はじめに関口さんのまとめてくれたビデオを見たあと、堅田利明さん(大阪市立総合医療センター小児言語科)が報告してくれた。これもとても印象に残るお話だった。
今年初めてキャンプに参加した親子がある。そのお父さんが最後の「振り返り」の時間にしばらく考えて、「私は息子がどもりでよかった。そうでなかったら、しょうもない親になっていた。」と言って、泣かれた。また、あるお母さんは、「子どものどもりは神様からの贈り物だと思う。どうして、たった3日間でこんなに変わっていけるのだろうか。」これらの方々は、自分自身の思いを整理された結果、こういうことを言われた。どこにこんなパワーが生まれるのか、と話されて、堅田さんは、伊藤さんのリーダーシップ、スタッフの力量を挙げられた。そして、スタッフの力量の中身として次の3つを指摘された。(1) 物事に正直で、ごまかさない。(2) ことばを問題にする以前に、その親や子を真摯に見つめている。(3) スタッフ自身が関わりの中で自己変革していける人だ。
最後に堅田さんは、自分の支えとなる核として、吃音をライフワークにしたい、と言って下さった。
メインプログラムである村瀬 旻さんの「吃音と人間関係」のワークショップを報告するまでに、紙数を使い過ぎてしまったが、それほどこれまでの内容が素晴らしかったのだから仕方がない。村瀬さんの行ったエクササイズや講演は、JSPの年報でじっくり読んで下さい。しかし、村瀬さんの「構成的グループエンカウンター」というのは、もともと実際に体験してみて初めて何かを感じる、というものであるから、紙上再現はとても難しい。ただ、実にいろんなことを体験して、ちょっと思い出すだけでも、めくるめく思いがする。構成的グループエンカウンターを一言で説明すると、「学ぶときにはよく遊び、遊ぶときにはよく学ぶ」又は、「楽しくてためになり、かつ学問的背景がある」ものだそうである。
●3日目
3日目の羽仁 進さん(映画監督)の講演も簡単に。羽仁さんが何度も強調されていたのは、「吃音とは、その人の一部に過ぎない。吃音の背後には広い世界がある。背後にある人間性や性質をもっと見つめていく必要がある。」「吃音者が社会に受け入れられる、ということは現実には大事なことかもしれないが、本質的には大切なことではない。吃音者自身の豊かな内閉性をもっと掘り下げて探っていただきたい」ということだった。その主張は羽仁心理学とでも呼ぶべき独特のものだった。
たしかに小3の国語の時間本読みで笑われ、「アレッ?」と思ったその時から、私と私をとりまく世界は変わりはじめ、それから急速に、別の色合いの世界へとワープしてしまった。その世界からは、恥、恐れ、のしかかる不安といったものを受け取り、逃げの姿勢を学んできた。それは、行きたくない世界へ転落してしまったというマイナスの見方をするしかないものと思っていたが、ちがう視点から見れば、また別の意味が出てくるのかもしれない。またそれ以前に、私をどもりへと導いた秘密の何かが心の奥にあるのかもしれない。
昨年の村田 喜代子さんに続き、強烈な個性で魅力的な吃音者に出会うことができた。この3日間いろんな人と出会い、どもりをより肯定的に感じられるようになったのが、うれしい。
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