大阪スタタリングプロジェクトは、NPO法人として、社会に向けたさまざまな活動をしています。吃る人のための吃音教室がその最大のものですが、後輩である吃る子どもたちのことも大切にしたいと思っています。私たちが悩み、苦しんできたことは、それはそれなりに今になれば悪くはなかったかもしれませんが、吃っているままの自分でOKだという地点に立つことはできるだけ早い方がいいと考えます。子どもがそう思えるためには、まず一番身近な親が心底そう思ってほしい、そんな願いをもって、日本吃音臨床研究会と共催で「どもる子どもの親の相談会」を行いました。
5月22日(土)、会場であるアピオ大阪に、ひとりまたひとりと、幼児から高校生までの親の方が集まりました。スタッフを含めて約20名。こじんまりとした集まりは、ひとりひとりの思いを受け止め、お互いに返していける温かい雰囲気に包まれていました。
・吃音を気にせず前向きに生きていってほしいと願っているが、親としてどう関わり、励ましていったらいいだろうか。
・「なぜ私のしゃべり方はこんなの?」と聞かれたとき「くせやから気にしなくていいやん」と答えているが、それでいいのだろうか。
・伝えたいことの半分しか話せていないのではないか。全部話させてやりたいと思う。見ていて辛い。
・ことばはすらすら出て、ぽんぽんとやりとりできる方が気持ちいい。かわいそうだ。
この相談会に参加した動機などを織り交ぜながら、自己紹介をしていただきました。
親として、吃る子どもを見たとき、かわいそう、辛いと思うのは、自然な思いなのかも知れません。しかし、その《かわいそう》が吃る人をどれだけしんどい思いにさせているか、後の人生にどれだけ大きな影響を与えているか。親がかわいそうと思っていると、子どもも自分のことをそう思ってしまいます。そして、どもりにとらわれ、治さなければ人生はないと思いつめ、今の自分を認めることができなくなります。これは、私たちの多くの人が体験してきたことと重なります。
親として、何ができるだろうかと言うと、何もできないのが基本です。何かしてやりたいと思って参加された方は、もしかしたら肩すかしなのかもしれませんが、実際には、現実の生活の中で子どもたちは生きていかなくてはなりません。そんな中で、自分らしく生きていけるよう、子どもに生きるエネルギーや活力を育てることが大切です。生き生きと生きていってくれたらそれにこしたことはないけれど、そうでなくても、それなりに子どもはやっていくだろうと信じることでしょう。
◎吃っていたって悪くない。
◎これが私のしゃべり方だと受け止めることができたらいい。
◎かわいそうだと嘆かないで、その子なりの人生を歩んでいくだろうと信頼してほしい。
◎学童期は、吃っているままの自分でOKと思えることが一番大切で、それがないと、一歩進めない。
自分たちの経験から、このようなことを伝えました。
時間がもっとあったらいいのに、参加者もスタッフもまだまだ話したいことがたくさんある、そんな相談会でした。
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