趣 旨
「吃音症状の軽減・消失を指導目標とする従来の吃音観を持ち続ける限り、吃音指導に関わる臨床家の悩み、どもる子どもの悩みが解消されることはない。私たちは、この古い吃音観を転換し、新しい視点に立った子どもへの支援のあり方を探る必要性を実感し、講習会を開催する」
2001年に岐阜大学で、愛媛大学・水町俊郎教授(当事)、岐阜大学・廣嶌忍助教授(当時)、日本吃音臨床研究会・伊藤伸二会長を中心に、「第1回臨床家のための吃音講習会」がこの開催趣旨のもと開かれました。そして第4回の島根大会まで、言語関係図や吃音評価、自己概念教育などが取り上げられました。
この講習会で提示された、吃音を治すのではなく、吃音をどう生きるかという考えは、日々の現場の中で、どもる子どもとどう関わっていけばよいか、迷い、悩む私たちにとって、非常にインパクトのある内容でした。そして様々な取り組みやどもる人や保護者の体験から、私たちことばの教室担当者は多くのことを知り、学び、それを目の前にいるどもる子どもたちとの日々の実践に繋げていきました。さらに、ここで示された実践や考えが、15名の仲間の教師と作った、『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』(解放出版社)に結びつきました。
第1回講習会以降のこの10年間で、どもる子どもたちを取り巻く状況はどうなったのでしょうか。吃音を生きることを大切にしたアプローチが少しずつ拡がる一方で、依然として吃音の改善がどもる子どもや保護者のニーズだとする提案もなされ、むしろ近年こうした流れが強まっているように思われます。そこで今回、教師や言語聴覚士だけでなく、保護者も交えて、「どもる子どもたちと、吃音の何を学び合い、何に取り組むか」を考える講習会を開きたいと考えました。
どもる子どもたちと関わる方、吃音に関心のある方々の幅広い参加をお待ちしています。
実行委員会事務局長 渡辺 美穂(千葉市立あやめ台小学校)
内容・テーマ:「吃音否定から吃音肯定へ」
吃音臨床は、「吃音否定」を前提に進められてきました。かつて、公立小学校のことばの教室は、言語治療教室として出発し、言語聴覚士は、「吃音治療学」を学び、吃音を治療の対象としています。原因が解明され、治療法があっての「吃音治療学」で、実際に多くの人の吃音が治り、改善されるのであれば、「吃音否定」の前提もあまり問題はないでしょう。しかし、吃音の原因は解明できず、治療法はなく、治らない吃音が多い中で、「吃音否定」の前提が、「治さなければならない」と吃音の当事者や親を長年追い詰めてきました。吃音を否定することで、吃音を隠し、どもりたくないために、話すことから逃げ、対人関係に消極的になり、それが人生へも影響する人が少なくなかったのです。吃音に悩む人にとって、それは、深刻で大きな問題となっています。
「吃音肯定」の臨床には、まず、これまでどもる子どもやどもる人に向けられてきた否定的なまなざしを、肯定的なものへと転換する必要があります。悩みから解放され、吃音にまつわるネガティヴな物語から、「どもりでよかった」とさえ言うような吃音肯定の物語を、当事者だけでなく、どもる子どもに関わる人々と共有したいと思います。
この新しい転換を推し進めるために、精神医療、福祉、心理臨床の分野で大きな注目を集め始めている、ナラティヴ・アプローチや当事者研究などの理論や手法を学んでいこうとしています。
新しく担当になった人も、長年経験のある人も、リラックスした雰囲気の中で楽しく学び合います。
講師<記念講演>:浜田 寿美男(奈良女子大学名誉教授)
1947年香川県生まれ。発達心理学・法心理学者。発達心理学を批判的に捉え、「私」というものがどのように成り立っていくかを主要テーマにしている。また、冤罪事件での自白や目撃の心理に関心をよせ、それらの供述鑑定にも関わる。現在、兵庫県・川西市子どもの人権オンブズパーソン。
著書に、自閉症など、障害のある人の生活世界を描いた『障害と子どもたちの生きるかたち』(岩波現代文庫)、自閉症の子どもの自我形成の問題から発想して理論化を試みた『「私」とは何か』(講談社)、無実の人の自白を論じた『自白の心理学』(岩波新書)、『発達心理学再考のための序説』(ミネルヴァ書房)、『<うそ>を見抜く心理学』(NHKブックス)ほか多数。
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